10月のことば
「掃けば散り 払えばまたも 散り積もる 人の心も 庭の落ち葉も」 秋彼岸も過ぎ、境内も一気に秋めいてきました。 木々の葉は色づき、毎日のように落ち葉掃除に追われています。 お参りに来られた方々が、境内にいるひとときだけでも穏やかな気持ちで過ごしてほしい——そんな願いを込めて掃除をしていますが、実は私自身にも多くの効用があります。 作業中に無心になれたり、考え事が整理できたり、掃き清めることで清々しい気持ちになれたり、道行く人と朝の挨拶を交わして晴れやかな気分になれたりと、数えればきりがありません。 しかし一方で、雨が降れば「今日は休める」と安堵することもありますし、掃いたそばから葉が落ちてくると、無常を恨めしく思うこともあります。 さらに言えば、掃除をさぼって怠け心やだらしなさを笑われないように、人目を気にして掃除をしているという側面も、まったく無いとは言い切れません。 古くから坊さんの修行は「一、掃除 二、勤行(三、学問)」と称され、勤行や学問よりもまず「掃除」が重んじられてきました。 それは、先に述べた効用以上に、自らの心の浅ましさを見つめるために、掃除が修行の筆頭に置かれているのかもしれません。 心の奥底に潜み、掃いても掃いても散り積もる「着飾る心」などの煩悩を抱えていることに気付き、反省しながら日々を過ごすことが大切なのでしょう。 そして、掃いても掃いても滅することのできない煩悩を抱えたままの私たちを救ってくださるのが阿弥陀さまです。 ナムアミダブツ、ナムアミダブツと、日々お念仏をお称えしてまいりましょう。 合掌