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7月のことば

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  「 幸福になりたいと思い 幸福になろうと努力を重ねること              これが幸福への一番の近道である (トルストイ)」 梅雨明けが待ち遠しいこのごろ。コロナ禍とはいえ、夏本番を前に雑誌や週刊誌などには「ダイエット」の文字が多く見受けられます。 巣ごもり生活も長くなり、旅行やレジャー、運動や飲み会さえもはばかられ、憂さを晴らすのも家で飲んだり食べたりしかできないために、ズボンのウエストもいつの間にかきつくなってしまった人も多いことでしょう。 かく言う私もその一人で、近頃は散歩と食事制限という苦行(笑)に励んでいます。 ダイエットの成否はとても明瞭で、入れるエネルギーより使うエネルギーが多ければ痩せるという事は誰もが理解していますが、実際には空腹やストレスなどと向き合わなくてはいけません。 おまけに人間は、他人には厳しいけれど自分にはとても優しくなりがちで、「今日の散歩はいつもより多く歩いたから」とか「次のご飯のカロリーを少な目にするから」とか、ついつい・・・、ということも良くあります。 出来るだけ効率よく(出来るだけに楽をして)理想に近づくための研究にも余念がなく、やれ糖質や脂質を吸収しないサプリであるとか、テレビで紹介された○○ダイエットだとか、知識はとても豊かです。 けれども、思い通りに事が進まないと、「私には合わない方法」だとか「このサプリは効果がないとか」など、他のせいにしてしまいがちですね。 他人事のように自分のことをそのまま言っているのですが、何とか誘惑に負けず理想に近づけるように適度の節制と努力を積み重ねたいと思いますがどうなることでしょうか。 さて、今月のことばはロシアの思想家トルストイのことばです。 「幸福になりたいと思い 幸福になろうと努力を重ねること これが幸福への一番の近道である」   突然ですが、「あなたにとっての幸福はなんですか?」 おいしいものを食べている時、孫を抱いている時、趣味に没頭している時、などなど、それぞれでしょうが、私にとっての幸福は、家族や親しい人々と心豊かな時間を過ごし、この世の生を終えたら、一切のわずらいや憂いのないお浄土で、この世で縁の深かった方々やお会いしたかった方々とお会いすることです。 そうなるためには身と心を健やかに過ごすだけではなく、お

6月のことば

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  「身なりより 光る あなたの心がけ」 散歩していると、犬の散歩をしている人達とすれ違う。飼いたくとも飼えない者としては、なんとも羨ましい限りである。 しかし、そんな思いで眺めていると、犬がおしっこをしても水もかけずに、そのまま立ち去る人を多く見かける。公園、人の家の庭先、自動販売機、寺の門…などなど。 「ペットは家族」という言葉に異論をはさむつもりはないが、家族と言うならば、きちんと家族の後始末をして欲しい。まさか、そのような人は、自分の子や孫も外で用を足させているのだろうか。 トイレと言えば、街ではあまり道端で用を足す人を見かけなくなった。コンビニがあちらこちらに出来た影響が大きいのだろう。 しかし、コンビニでトイレを借りて用を足す人が、お店の人に「トイレを貸してください」と断っているのを耳にしたことがほとんどない。公園のトイレのごとく、何の断りもなくトイレに直行し、用を済ませたら何も買わずに、礼も言わずにコンビニから出ていく。そんな様子を見て育つ子供たちも、トンビが鷹を産まない限り、同じことを繰り返すのであろう。 コンビニを訪れると、マニュアルとは言え「いらっしゃいませ」の声が掛かる。 そう言えば、幼い時に魚屋さんや八百屋さん、駄菓子屋さんや文房具屋さんに入る時には、「ごめんください」と、こちらから挨拶していたことを思い出した。 買う側は「商品を売って欲しい」、売る側は「買って欲しい」という相手と対等な関係が存在した。いつのまにやら客の方が偉くなってしまい、売って欲しいではなく、買ってやるに変わってしまった。 自分自身はどうなのか? これから、コンビニに入出店する際の「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」、せめて会釈ぐらいは返そうと思う。

5月のことば

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  「卵を割らなければ オムレツは作れない」 最近、ある葬儀社さんからとてもショッキングなことを聞かされました。 それは現在、仙台市で亡くなられる方の半数近くが、病院や施設から火葬場へ直行し葬儀をしない『直葬』だということでした。 数年前には1割から2割と聞いていたのに、コロナ禍も相まって一気に加速してしまったようです。 世の中が大きく変わり、人と人との関わりも希薄になり、肉親への想いも大きく変容しているのでしょうが、なんともやるせない思いで一杯です。 時間や思い出を共有する家族や親や兄弟に対し、本当は“安らかなところに行って欲しい”“健やかであって欲しい”そんな思いを抱いているけれど、たまたまその方法を知らないだけであって欲しいと願うばかりです。 今月の言葉は、「卵を割らなければ オムレツは作れない」 何らかの犠牲を払わなければ目的を達することは出来ないという意味のフランスのことわざです。 大切な人の旅立ちは、犠牲でも義務でもないはずです。 大事な人の一大事。手持ちのスマホやパソコンで仏教の教えや寺や和尚を調べることは、料理のレシピや知りたいお店の場所を調べるのと同じくらい容易なことです。 どうか、大切な人とのお別れを大切に過ごしていただきたいと切に願います。 もし葬儀を勤めなくとも、「安らかなところに行って欲しい」「健やかであって欲しい」そのような思いがあるなら、せめて「阿弥陀さま、私の○○さんをお願いします。ナムアミダブ・ナムアミダブ」とお念仏をお称えください。あなたの亡き人への想いを阿弥陀さまはしっかりとお聞きになられ、願いを叶えてくださいます。 浄土宗のお念仏は、卵を割るより簡単です。

4月のことば

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  「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」(相田みつを) 春は旅立ちの季節。 「可愛い子には旅をさせろ」とは分かっているけれども、でも、それが身内のこととなると事情が変わってきますね。 ご飯は食べているだろうか?ちゃんと朝起きて学校に通えているだろうか?風邪など引いていないだろうか?困っていることはないだろうか?などなど・・・、不安ばかりが募りますし、送り出したら出したで、いたはずの姿がなく悲しみや寂しさが募ります。 子供の成長を思えば、親元を離れ、様々な経験を積んだ方が間違いなく本人のためになるとは分かっているのですが・・・。 「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」 子供の成長は、親の喜びであり、親の幸せ。そう受け止めたいものですね。

3月のことば

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「先立ちし人を想い 我が命を思う」 常あるもの無きこの世。 先立ちし人々の顔が浮かび、時間が経とうが何だろうが涙がこぼれてくることがある。 無常の世であることをしっかりと受け止め、悲しみや苦しみの原因となる執着の心を解き放つことが出来れば、悲しむことも苦しむこともないのだろうけれど、この世にいる私たちは、残念ながらそのような執着の心から逃れることが出来ない。 でも、目に浮かぶ顔はなぜか不思議にみな微笑んでいる。 もしかすると、憂いや悲しみなどから解き放たれた極楽にいらっしゃるから笑顔で微笑んでくれているのかもしれない。 春のお彼岸と震災から 10 年を迎える。 先立ちし人がもっともっと笑顔になられように、 誰もが救われるナムアミダブツのお念仏を称え続けたいと思う。私もいつかこの世を去る時が来たならば、阿弥陀さまに極楽浄土へと救っていただき、笑顔であの人々に会いたいと思う。 あの人が共に過ごしたかった今日を、そして明日を大切に過ごしたいと思う。

2月のことば

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  「なすべきと すべからざるを わきまえて」 手ごわいコロナウイルスの感染が拡大し、 受験 シーズン迎えた受験生も支える家族もピリピリしてしまいますね。 しっかりと 健康 に留 意して、かつ自分自身も自覚をもって 行動 しなければいけませんね。今はみんなが我慢の時、 道徳 心を大切に過ごしましょう。表に出られない時間を 読書 で費やすのも一つ。忘れかけていた 初心 を思いだせるかもしれません。 真珠 のように内面を輝かせましょう! ちょっと言葉遊びをしてみました。 じゅけん→けんこう→こうどう→どうとく→どくしょ→しょしん→しんじゅ

1月のことば

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  「人生の 坂に佛の 慈悲の杖」 ナムアミダブツ 新春を迎えました。皆様にとりまして佳き一年になりますよう心からお祈り申し上げます。 本年も何卒よろしくお願いします。 震災から早いもので十年を迎えます。おまけに十年目の世の中が、こんなことになるとは思いもしませんでした。一寸先も見えない私たちは、何を拠所にして過ごせばよいのでしょう。 昨年末、小さな頃から大変お世話になっていたSさんと言うお坊さんを亡くしました。Sさんは、私が小学校の時に親戚の寺の跡取りとして迎えられた方で、ある夏のお盆に西光寺へお手伝いに来られました。お盆ですから寺はとても忙しく、本人も疲れているはずなのですが、〝新しい親戚の兄ちゃん〟が出来て喜ぶ私や姉と、トランプをしたり落語を聞かせてくれたり、嫌な顔もせず可愛がってくれました。 私の中学校の入学式の時には、都合がつかない親の代わりに出席してくれたこともありました。 いつの間にか呼び名は〝S兄ちゃん〟から〝Sさん〟へと変わりましたが、面倒見は相変わらずで、私が慈恩寺に来てからは、葬儀や法要に呼んでくれて、様々な経験を積ませてくれました。 そんなSさん自身は、長女に跡取りの婿さんを迎え、二人の孫にも恵まれ、順風に過ごしてきました。しかし、5年ほど前、喉に癌が見つかり大手術を受け、住職を勤めながら 療養してきました。 以前は当たり前のように毎月顔を合わせていましたが、震災後は中々会えなくなり、手術をした頃には殆ど会う機会も無くなっていました。 一昨年の秋、見知らぬ番号から電話があり、相手はとても親しげに話してきます。けれども聞き覚えのない声。恐る恐る「すみません、どちらさまですか」と尋ねると、電話の相手は手術のせいで声が別人のようになってしまったSさんでありました。余りの変わりように戸惑いながら、無沙汰の事や誰だか分からなかった事をお詫びし、少しだけ話をして電話を切りました。 その後も会う機会を逸してしまい、残念ながらこの時が最後の会話となってしまいました。 仮通夜や密葬の時には、裏方の忙しさのせいか寂しさを感じませんでした。しかし、いざ火葬炉でのお別れの時になると突然様々な思い出が甦り、恥ずかしながらマスクに染みが出来るほど涙が溢れ出ました。 死んで終わりなら、私たちが進む先には絶望しかないでしょう。しかし、極楽