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9月のことば

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  「秋彼岸 亡き人偲び おはぎ喰う」 昼間はまだ暑さが残るものの、朝夕の風に秋を感じます。 セミのにぎやかな声もいつしか失せ、秋の虫の鳴き声に夏の終わりを教えられます。 温暖化が象徴するように、余り季節感が無くなってしまいました。春にはのどかな草原を散歩し、夏には縁側でスイカを食べ、秋には十五夜を愛で、冬には枯葉を集めて焼き芋を焼く … 。 人それぞれに、季節ごとのささやかな楽しみがあったものですが、いつのまにか“思い出”に変わってしまいました。 スーパーやコンビニには、その時期にしか食べることが出来なかった食べ物も我が物顔で陳列されています。 我々の欲求が当たり前にしてしまったんですね。 「いま」を「昔」に戻すことは出来ませんが、気分だけでも季節を味わいませんか。 まもなく秋のお彼岸を迎えます。 普段から食べているいつもの「おはぎ」 かもしれませんが、気分だけは特別の「おはぎ」を食べて、 あの懐かしい人に想いを寄せませんか。 あなたの想いに、目を細められているかもしれませんよ。

8月のことば

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  「風が吹く 仏きたまう けはいあり」 東京から宮城に戻り 25 年の年月が過ぎました。 当時お世話になった方々と会う機会もめっきり減って、久しぶりにお会いする時には、悲しい再会ということも増えてきました。 6 月のこと。 旧知のお寺から手紙が届き、「 T さんも早目の住職交代の連絡かな?」などと想像しながら文面を見ると、本人が亡くなったとのしらせ。葬儀の日時を知らせる連絡でした。 年齢もまだ若く、患っているとも聞いていませんでしたので、状況を受け入れられず、何度も何度も文面を読み返しましたが … 。 葬儀当日、穏やかな表情の T さんに「またね」との言葉をかけ、お念仏を称え、お別れしました。 今年の夏はTさんを偲び、Tさんのように優しい穏やかな音色の風鈴をもとめ吊るしている。 優しい音色を耳にするたびに、Tさんがそばにいるように感じる。

7月のことば

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  「 夢を見て 熟考している間に、時は過ぎ去る。 (アルフレッド・アドラー)」    梅雨入り前の気温が高かったせいか、昨年よりも10日以上も早く蓮の開花シーズンが始まりました。今年も優美な花が、檀家さんや参詣者など多くの人々を楽しませてくれています。     これからの時期、寺では施餓鬼会(せがきえ:餓鬼道に堕ちてしまった餓鬼たちに施しをし、積んだ功徳をご先祖に振り向ける法要)や盂蘭盆会(うらぼんえ:いわゆるお盆。過去七代のご先祖を供養する法要)が催され、一年のうちで最も多くの参詣者が訪れます。そんな参詣者の中には毎年蓮の花を楽しみにしている方も多くいます。  手塩にかけた蓮が次々と咲いてくれるのはとても嬉しいのですが、咲くペースの早さに施餓鬼会や盂蘭盆会の時期には蓮の花のシーズンが終わってしまうのではないかと、いま若干の不安を感じています。  そんな心配をしても何の徳にもならず、憂いでも如何ともし難く、なるようにしかならないのは分かっているのだけれども、人間の感情は1+1=2とは中々割り切れませんね。 自分の捉え方ひとつで余計なストレスを抱えていることに気付かされます。   今月のことばは、心理学の父と称されるアドラーの言葉。 「夢を見て 熟考している間に、時は過ぎ去る。」   雨の日には雨を恨むのではなく、雨の日に出来ることをすればいいのに、いつまでも雨を恨めしいと思いがちです。半年後の受験に失敗したら … 、 今度の健康診断で何か引っかかったら … 、 あの時こうしておけば … 、などなど、憂いでも現状は何一つ変わりませんし、時は待ってくれません。  そんな余計なものを背負いこまないように、猫背にならずに胸を開いて、新鮮な空気をたくさん吸って、暑さや繁忙で心も体も疲弊する時期を乗り切りましょう。  

6月のことば

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  「おおらかに生きよう まずは 自分から」    コロナが5類へ移行し、世間は以前を取り戻すかのように活気が溢れています。そのような世の中に呼応してか、私の出張が増えました。  出張先の街には、インバウンドと呼ばれる外国人観光客や修学旅行生が溢れ、飛行機や新幹線などの交通機関はもとより、ホテルなどの宿泊場所を探すことに一苦労することも珍しくありません。  先日、関西への飛行機の機内で、とても賑やかお姐さま達の傍に坐りました。  観光に行くと思しきお姐さま方は、離陸後も観光のシュミレーションに余念がなく、そのミーティングの声は周りに座ったサラリーマンや家族連れが驚いて振り向くほどです。  きっと周りにいた人々は私も含めて、もう少し小さな声で話してくれないかと望んでいたと思いますが、旅行が出来る嬉しさを隠し切れないお姐さま方の心情を理解し、誰も注意などしませんでした。  マナーやエチケットは当然のことであるけれども、お姐さま方の楽しい雰囲気に水を差さない周りの乗客のおおらかさは心地の良いもので、 お姐さま方を見守った寛容さがギスギスした今の時代に大切だと思いました。  社会学者の古市憲寿さんは、「嫌だなと思う人と出会ったら、その人をサンプルだと思って、面白おかしく観察し楽しむ」と仰ってました。なるほど、こちらが楽しめば、嫌なことでも嫌な人でもなくなりますね。 「言うは易し」  まずは、自分からおおらかに過ごしましょう。わずかなことでも、まずは第一歩を自ら歩み出しましょう。  ちなみに、原稿作成で寝不足で搭乗した私は、一睡もできませんでした ( 笑 )

5月のことば

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    「心から ‟ありがとう” の言える 私でありたい」    汗ばむ陽気の日も増えてきました。如何お過ごしでしょうか。  まだ寒さが残る 3 月のお彼岸。 3 年ぶりにあるお寺さんへ法話に伺いました。当日は生憎の天候ながら、コロナ感染の落ち着きも相まって多くの檀家さんがお集まりで、久しぶりの光景になんだか嬉しくなりました。  無事、法話を終え、法要終了後に案内していただきながら 本堂内を参拝 していると、供えられている お供物(菓子)に目が留まりました。  その菓子は梅の花の形をした ピンク色と 白色の2個の最中で、 全てのお像に 供えられています。 以前に見たことがあるような気がして記憶をさかのぼると、あの 高 級和菓子店の最中によく似ています。  でも、 大概の寺で供える菓子は、落雁であったり砂糖菓子であったり、食べることを想定せず、月日が経っても見栄えが悪くならないものをあげるのが一般的です。  まさか、と思いながら確認すると、やはりその最中は、まぎれもない高級菓子店の最中でありました。驚く私に住職は 、「仏さまやご先祖さまには、自分が食べたいような上等なものを供えるべきでしょう」と 事も無げに 答えられました。   お供えはこの住職が言う通り、誰かに見せるものでも、飾ればよいだけのものではないですね。仏さまや大切な人に食べてもらいたいもの、 供えたいもの、 そのような物を差し上げる。仏さまや亡き人への想いを体現するだけですものね。 ごく当たり前のことですが、どこかに忘れていた大切なことに気付かされました。  先立たれた大切な人だけではなく、生活の中で接する多くの人々に対しても全く同じですね。「ありがとう」、「ごめんなさい」、「おはよう」、「おやすみ」、「いってらっしゃい」、「おかえりなさい」  心から「ありがとう」の言える私でありたいですね。

4月のことば

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「私は過去にではなく 今日と明日に生きる(エジソン)」    今年の桜はいつもよりだいぶ早く咲き、あっという間に過ぎ去ってしまいました。そのため、辛うじて毎年“ノルマ”にしているお向かいの徳泉寺さんの枝垂れ桜と私がジャンボ桜と呼んでいる『銀杏町の一本桜』は眺めることが出来ましたが、残念ながら大河原町の「一目千本桜」は今年も目にすることが出来ませんでした。    咲くのが早ければ、散るのも早かった今年の桜。あまりの早さに、散った花びらの掃除が追い付かないほど。時間をかけて綺麗にした場所も他の場所を掃除している間に見事に元通り。もうここまで来ると怒りどころかイライラも消え去り、諦めて笑うしかなくなります。  桜の花が咲くこと、そして散ることも自然なことなのに、私の都合で一喜一憂していることに気付かされました。    お釈迦様は 「世の中は行為(業)によって転変し、人々の行為によって転変する。(スッタニパータ)『ブッダ100の言葉 佐々木閑訳』」と仰っています。     4 月は新たなスタートの月。 何かと時間に追いかけられたり、気の疲れから失敗などをすることもあるでしょう。でも、その失敗や経験を未来に活かせば、それは貴重な財産になります。エジソンだって、失敗失敗の連続だったはずです。 見えない未来を恐れても未来は変わりません。 過ぎ去った過去をいくら悔やんでも、悔やんだだけでは未来は何も変わりません。 未来は今の積み重ねです。「いま」を大切に。     

3月のことば

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  「先人の示す 無常の真実 救いの道」   あれから 12 年が過ぎた。 12 年経ったからなのか、私の記憶がどんどん塗り変えられているからなのか、震災前後になるとあふれ出すテレビや新聞、 SNS などの震災関連の報道によって、 まるで治りかけのかさぶたを無理やり剝がされるかのように 様々なことが思い起こされる。  私の性格が生来ネガティブだからなのか、ただの恩知らずなのかは分からないが、思い起こされるのは嬉しかったことや有難かったことよりも、寂しかったことや悲しかったこと、残念な思いに駆られたことの方が多い。   数々の思い出される“かさぶた”の一つに、法話の機会を頂いて訪れた太平洋沿岸のお寺での出来事がある。  当時は、訪れる地域やそのお寺が海岸からどれほど離れているのか、どのような立地にあるかなどを 防災ハザードマップで 必ず調べてから出掛けていた。  それは、私自身が 知らない土地を訪れることへの恐怖心と、 その地域の人々が〝いざ〟という時に辛く悲しい思いをして欲しくないという願いからだった。 ちょうど東日本大震災を教訓にすべく、南海トラフ地震の危険性が声高に叫ばれ始めた頃だったので、空き時間にお寺の関係者と“確認のために”、この場所は南海トラフ地震が起きた際に津波の危険地域であることを話すと、危険地域であることを知らないばかりか、津波が来ることだけではなく地震が起きることさえも全く想定されていなかったことに大変驚かされた。  何とも表現し得ない思いの中、どうかご用心くださいとだけ伝えた時の寂しさは、忘れることも出来ずに今も鮮明に覚えている。   防災において「正しく恐れる」という言葉が有るが、現状を見据え、決して他人事にしないということが大前提であるのは言うまでもない。    防災と同じように、私たちの生きること、死ぬこと、死んでからのことはどうであろうか。他人事にしてはいないだろうか。 無常の世にあるのは、まぎれもなく他人様ではなく私であり、 救いの道を求めることも求めないことも私次第である。  親が自分の犯した失敗や苦い思いを子供にして欲しくないように、亡き人々は「この世の無常と救いの道」に気付いて欲しいと願っている。もしかすると、このブログで私の拙い文章を読んでいるあなたを、亡き人がナムアミダブツのお念仏の御教えと出会わせて