6月のことば リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 5月 31, 2020 「みなともに平和を願い 仲良く生きたいと思う ただ いつも 自分本位であることに問題がある」コロナのせいなのか、日本だけだはなく世界中がギスギスしています。みんな仲良く健やかに平和に過ごしたいと思っているけれども、いつも「自分が」、「自分にとって」ということが前提にあることを見つめなければいけませんね。相手の心情を慮る。そうありたいですね。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
6月のことば - 6月 09, 2025 「念仏は いまと未来の 道しるべ」 先月、稚内のお寺へ行ってきました。 さすが北端の町、仙台では一月ほど前に散ってしまった桜が咲き、本堂ではストーブが焚かれておりました。 無事5日間の行事を勤め、帰路の為に空港に向かうと搭乗予定の便が欠航する可能性があるとのしらせ。 稚内は日常的に強風が吹くため欠航は珍しいことではなく、現に1日 2 便のうちの午前の便は欠航でした。 折り返し運航なので、稚内空港に着陸出来なければ出発地に戻り自動的に欠航になってしまいます。 待合室にいた搭乗予定の人々は、藁をもすがるような思いで着陸する飛行機を見守っていました。 いよいよ着陸態勢に入った飛行機は、肉眼でも確認できるほど強風に煽られグラグラと揺れながらも無事着陸することでき歓声と拍手が上がりました。 幸いにして私は、予定通り帰路に就くことが出来ました。 行く場所や 着く場所が定まらないことは、不安でしかありません。いや恐怖とも言えるでしょう。 この世の命を終えた時に私はどこへ行く? どこに行ける? どのようなところに行ける? 「この私」は、このような所に行くと明確に答えられますか? これらの問いを明確にしてくださったのが浄土宗を開かれた法然上人です。 法然上人はお釈迦さまの御教えの中から、阿弥陀さまのお救いを見出されました。貪る心や怒りの心、この世が常に移り変わることさえも受け入れられない者であっても、「 ナム・アミダブツ 、ナム・アミダブツ」と阿弥陀さまの名を呼べば、阿弥陀さまが西方極楽浄土へとお救いくださるというものです。 阿弥陀さまが、阿弥陀さまを呼ぶ声を探し出され、極楽浄土より呼ぶ者の目の前まで迎えに来てくださり、極楽浄土へとお連れいただけるのです。 お念仏を称える人は独り旅ではないのです。 日頃から心を込めてしっかりと阿弥陀さまの名を呼び続けましょう。 ナム・アミダブツ 続きを読む
3月のことば - 3月 02, 2025 「かなしみを あたためあって あるいてゆこう」(坂村真民) 梅の花がほころび始めました。 なんだか心が「ふわふわ」します。 それはうららかな春の訪れを感じさせる「ふわふわ感」と 14 年前に引き戻され地に足がついていないような「ふわふわ感」です。 嬉しい想いとそんな心持ちで良いのかと葛藤する気持ちが混在し、胸が苦しくなります。 否が応でも見送ったたくさんの方々を思い起こしますし、今なお哀しみの淵にある遺族の方々の顔が浮かびます。一年でもっとも無常を思い知らされる季節です。 お釈迦様は「この世は無常であり、無常はこの世の真実である。その真実をそのまま受け止めれば、無常にあらがうことから生じる苦しみが解き放たれる」とお示しです。 形あるものはいつか壊れてしまい、生まれた命はいつまでも生き続けることが出来ない事は誰もが分かっているつもりでも、頭と心が一致させられないのが情をもつ私達人間であることを痛感致します。 哀しいのなら哀しいままでいい。 苦しいのなら苦しいままでいい。 心が落ち着かないのなら落ち着かないままでいい。 「そんなあなた達を私は見捨てない」と、仏となられたのが阿弥陀如来と言う仏さまです。阿弥陀様は全ての人を救い取るために「我が名を呼ぶだけでいい」という誰もが出来る救いの道をご用意いただきました。 そして、この阿弥陀様の救いを明らかにしていただいたのがお釈迦様であり、浄土宗を弘められた法然上人であります。 心苦しさは無くせないが、あるがままでいいお念仏を、心を込めてただただ称えたいとおもう。 続きを読む
4月のことば - 4月 13, 2025 「たしなみは 足元そろえる 心から」 新年度を迎え、新入生の楽しそうな姿を多く目にします。 麗らかな気候と咲き誇る様々な花々と相まって、見ているこちらまで気分が高揚するようです。彼ら彼女らの将来が、春の陽気のようであって欲しいと願わずにはいられません。 先日、車を運転中に信号待ちをしていると、とても楽しそうに会話を楽しむ新入生と思しき2人連れの女の子が、目の前の横断歩道を渡ろうとしていました。ところが横断歩道の信号はすでに赤になっています。どうやら、あまりにも会話が弾んでいて赤信号に気付いていない様子です。 道路は交通量の多い通り、まさかと思いながら注視していると、案の定こちらが待っている信号が青になっても気付かずに歩道を歩き続けていました。 歩行者と他の車線の車に注意を促すためにクラクションを鳴らすと、その音に驚いた女の子たちは、ようやく状況を把握し、あわてて安全地帯へ逃げ込み、振り向きざまに深々と頭を下げました。 思わず「危ないなぁ」と口走しりましたが、誠意をもってお詫びする二人の姿に、こちらが清々しくなる程の好感を覚えました。 と、ともに偉そうにクラクションを鳴らした私はどうなんだろうと考えさせられました。 普段の運転はどうなんだろう? 注意をしてもらった時に素直に聴く耳をもっているだろうか?などなど。 謝りっぷりの良い二人の姿に、何かとても大事なことを思い出させてもらえたように思いました。 まずは自らの足元を見つめ直す心から、新年度をスタートしたいと思います。 続きを読む