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4月のことば

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「私は過去にではなく 今日と明日に生きる(エジソン)」    今年の桜はいつもよりだいぶ早く咲き、あっという間に過ぎ去ってしまいました。そのため、辛うじて毎年“ノルマ”にしているお向かいの徳泉寺さんの枝垂れ桜と私がジャンボ桜と呼んでいる『銀杏町の一本桜』は眺めることが出来ましたが、残念ながら大河原町の「一目千本桜」は今年も目にすることが出来ませんでした。    咲くのが早ければ、散るのも早かった今年の桜。あまりの早さに、散った花びらの掃除が追い付かないほど。時間をかけて綺麗にした場所も他の場所を掃除している間に見事に元通り。もうここまで来ると怒りどころかイライラも消え去り、諦めて笑うしかなくなります。  桜の花が咲くこと、そして散ることも自然なことなのに、私の都合で一喜一憂していることに気付かされました。    お釈迦様は 「世の中は行為(業)によって転変し、人々の行為によって転変する。(スッタニパータ)『ブッダ100の言葉 佐々木閑訳』」と仰っています。     4 月は新たなスタートの月。 何かと時間に追いかけられたり、気の疲れから失敗などをすることもあるでしょう。でも、その失敗や経験を未来に活かせば、それは貴重な財産になります。エジソンだって、失敗失敗の連続だったはずです。 見えない未来を恐れても未来は変わりません。 過ぎ去った過去をいくら悔やんでも、悔やんだだけでは未来は何も変わりません。 未来は今の積み重ねです。「いま」を大切に。     

3月のことば

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  「先人の示す 無常の真実 救いの道」   あれから 12 年が過ぎた。 12 年経ったからなのか、私の記憶がどんどん塗り変えられているからなのか、震災前後になるとあふれ出すテレビや新聞、 SNS などの震災関連の報道によって、 まるで治りかけのかさぶたを無理やり剝がされるかのように 様々なことが思い起こされる。  私の性格が生来ネガティブだからなのか、ただの恩知らずなのかは分からないが、思い起こされるのは嬉しかったことや有難かったことよりも、寂しかったことや悲しかったこと、残念な思いに駆られたことの方が多い。   数々の思い出される“かさぶた”の一つに、法話の機会を頂いて訪れた太平洋沿岸のお寺での出来事がある。  当時は、訪れる地域やそのお寺が海岸からどれほど離れているのか、どのような立地にあるかなどを 防災ハザードマップで 必ず調べてから出掛けていた。  それは、私自身が 知らない土地を訪れることへの恐怖心と、 その地域の人々が〝いざ〟という時に辛く悲しい思いをして欲しくないという願いからだった。 ちょうど東日本大震災を教訓にすべく、南海トラフ地震の危険性が声高に叫ばれ始めた頃だったので、空き時間にお寺の関係者と“確認のために”、この場所は南海トラフ地震が起きた際に津波の危険地域であることを話すと、危険地域であることを知らないばかりか、津波が来ることだけではなく地震が起きることさえも全く想定されていなかったことに大変驚かされた。  何とも表現し得ない思いの中、どうかご用心くださいとだけ伝えた時の寂しさは、忘れることも出来ずに今も鮮明に覚えている。   防災において「正しく恐れる」という言葉が有るが、現状を見据え、決して他人事にしないということが大前提であるのは言うまでもない。    防災と同じように、私たちの生きること、死ぬこと、死んでからのことはどうであろうか。他人事にしてはいないだろうか。 無常の世にあるのは、まぎれもなく他人様ではなく私であり、 救いの道を求めることも求めないことも私次第である。  親が自分の犯した失敗や苦い思いを子供にして欲しくないように、亡き人々は「この世の無常と救いの道」に気付いて欲しいと願っている。もしかすると、このブログで私の拙い文章を読んでいるあなたを、亡き人がナムアミダブツ...

2月のことば

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  「健康は 病気になるまで 尊ばれない」   朝、あたたかな布団が恋しく離れたくない季節を迎えました。 一年で一番寒い 2 月は、ただでさえ他の月より日数が少なく気忙しいのに、 3 日は節分、 4 日は立春、 14 日はバレンタインデー、確定申告もはじまることも相まって、何か急き立てられているような気がしますね。こんな時こそ、しっかりと地に足をつけて過ごしたいものです。   先月、不注意からちょっとケガをしてしまいました。現在はある程度癒え日常生活を過ごせていますが、数日間は安静を余儀なくされました。 恥ずかしいのですが事の顛末を話すと、発端は高所に置いてある物を取り、あがっていた机から床に降りようとした時に、踏み台代わりにしたイス(タイヤ付)が動いてしまいイスの軸の部分に落ちてしまったのです。   正に「後悔、先に立たず」。   意外にデスクワークが多い私のイスは、座面が前傾している腰痛持ち用のもので、危ないな~と思いながらも時々踏み台代わりにしていました。いつかはこうなることを予測していながらも、「まだ大丈夫」「私は大丈夫」と高をくくったり、慢心、横着が今回の事態を招いてしまいました。 痛みと後悔を抱えながらベッドの上で改めて思い知らされたのは、健康の大切さは勿論のこと、日頃からの準備と心構えの大切さでありました。   間もなく 13 回忌を迎える東日本大震災の際にも多く言われた「正しく恐れる」。その事を今一度思い返し、あらためて胸に刻みたいものです。   2 月 15 日は仏教を開かれたお釈迦さまがお亡くなりになられ完全なる涅槃に入られた『涅槃会』。そして、 2 月 29 日(今年はありません)は、法然上人のお念仏のみ教えを正しく受け取られ、浄土宗第二代となられた聖光上人のご命日(嘉禎4年 1238 )を迎えます。 お二人の無常の理(ことわり)のお姿を我が事と受け止め、益々 お念仏をお称えしましょう。

1月のことば

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  「至誠心というは真実心なり   真実というは 内にむなしくして    外には飾る心なきを申すなり」                 ー法然上人ー                   ナムアミダブツ 皆様がお念仏ともに健やかな一年になりますよう心からお祈り申し上げます。本年も何卒よろしくお願いします。 コロナ禍と相まって、葬儀や法事の形もだいぶ様変わりしてきました。葬儀の際には、葬儀社さんが何から何までしてくれるので、親戚や近所の経験豊富な“先輩”から教えられ実践する機会もめっきり減ってしまいました。 当山では、法事をする際のお供えに「団子」を 10 個用意してもらいます。それは、亡くなった人や仏様に対し、一番上等なものをお供えするという習わしに則っているのです。 「団子が一番上等なもの?」と思われるかもしれませんが、食べ物が無かった時代の上等なものと言えば「お米」であり、更にそのお米を加工して作った団子や餅は、特に一番上等なものだったのです。今となっては一番上等なものではないかもしれませんが、一番上等なものをお供えするという精神だけは大切にしていただきたく、今も法事の際には、団子を用意してもらっています。 昨年、杖をつきながら義兄と実父の法事に参列された O さん。 参列することも危ぶまれていた O さんは、お父さんを亡くされた半年後、突然病に倒れ、一時は生死の境を彷徨われました。しかし、学生時代、体を鍛えに鍛えていたことが功を奏したのか、強靭な精神力が幸いしたのか、まさに九死に一生を得て奇跡的に生還されたのでした。 生還出来たけれども、当初は生涯車いす生活を余儀なくされると覚悟をしなければいけない状況でした。しかし辛く厳しい懸命なリハビリを重ねられ、奥さんの手を借りながらも自らの足で歩を進め、亡きお二人に焼香なさいました。そのお姿に思わず目頭が熱くなりました。 帰り際、 O さんは「渡したいものがある」と、自家用車に積んであった沢山のお菓子をお持ちになられました。それは「何かお役に立ちたい」と思い立たれ、慈恩寺でも協力しているひとり親支援の団体である「おてらおやつクラブ」の活動に役立てて欲しいと願われてのことでした。自分のことだけ...

12月のことば

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  「一年の終わりに 私の歩いた 足跡をおもう」 冬の到来とともに境内には大量の落ち葉も到来します。 春から秋までは私たちの目を楽しませ夏の日には涼を与えてくれた木々の葉が境内へ大量に運ばれてきます。 街路樹の黄土色の欅(けやき)や紅い色の楓(かえで)の葉、境内の桜の赤い葉やとても大きな白木蓮(はくもくれん)の葉、黄色が鮮やかで細長い柘榴(ざくろ)の葉や梅の葉、赤ちゃんの手のような沢山の伊呂波紅葉(いろはもみじ)の葉や真っ赤なブルーベリーの葉、枯葉も緑色の細長い藤の葉や山茶花(さざんか)のピンクの花びらなどなど … 。 日々、掃いては落ち、落ちては掃くの連続で、その量は毎日大きなゴミ袋が一枚では足りない程です。 また、落ち葉は境内に敷いてある砂利と砂利の間に入り込んでしまいます。 大きな葉は目立つので苦も無く拾えますが、敷かれている砂利が茶色を基調としたものが多いので細かな葉は目に留まりにくく、まるで『ウォーリーを探せ』のように、一枚一枚探しながら手作業で拾わなければいけません。 ゆっくりと少しづつ歩きながら見つけた一枚の葉を拾おうとしゃがみ込むと大抵立っていた時には目に留まらなかった別の葉が目に入ります。 一方でしゃがんで葉を拾っていて、立ち上がり高い目線になることで見つけることもよくよくあります。 見落とさないように立ったりしゃがんだりしながら、目を皿にして拾ったはずなのに、振り返るとやはり見落とした葉を見つけ、また戻って葉を拾わなければなりません。 落ち葉拾いを始めた頃は「もうキリがない」なんてイライラしたり、「さっき拾ったところなのに」とガッカリしたりしていましたが、日を重ねた今は「見つけられて良かった」と思えるようになりました。なんでも物は取りようですね。 私たちの心の中は如何でしょうか? 今年一年を振り返ると、大きな反省、小さな反省、振り返って気付く反省が胸の内に次々と浮かんできます。見落としている反省も気付かないだけで沢山あるでしょう。 12月は仏教を開かれたお釈迦様が悟りを得られた月です。 その御教えの基本は、我が身とは自分勝手で何事に対しても『自分中心』『自我中心である』ということに気付くことです。 気付けば今年ももう年の暮れ。気忙しい今月ではありますが、来年を健やかに迎えるために、そ...

10月のことば

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  「 出る穴の あるに障子の トンボかな 」 三陸の秋の風物詩である秋刀魚や戻りガツオが美味しい季節を迎えました。野に目を向けても梨や柿、りんご、芋や栗など、馬じゃなくともついつい肥えてしまいます。秋空に真っ赤なトンボも映えます。 ドアや窓を開けていてトンボが部屋の中に入ってくることがあります。早く外に出してあげようと、開いている窓の方へと誘導しても誘導にあがらい、トンボはなかなか外に出て行ってくれない。そんな経験を一度や二度したことはありませんか?   夏真っ盛りであったある日の早朝、境内に咲く蓮を見に来た70代と思しき女性と話をする機会がありました。 聞けばこの方は、 12 歳だった一人息子さんを亡くされているとのこと。亡くなられた理由などは聞きませんでしたが、「大変なお別れをされましたね」とだけお声掛けしました。 話しの中でご婦人は、「私は人が死んだら〝無〟になると思うの」と自らの死生観を話されました。その後も何度も何度も、「人が死んだら〝無〟になる」との言葉を口にされます。 悲しみを慰めるためなのか・・・、世の不条理を納得させるためなのか・・・。 「ここのお寺は浄土宗のお寺でお念仏を称える宗派なんです。ナムアミダブツとお念仏をお称えし、阿弥陀さまに極楽へ救い摂っていただけるのですよ。お念仏を称えることで、先立たれた方も称える私も残す人も共に救われ、極楽でまた会える教えなんですよ」とお話ししましたが、全く耳を貸すこともなく寺を後にされました。 寺の境内まで足を運ばれたのに・・・、阿弥陀さまのすぐそばまで来られたのに・・・。ご自身の経験や知識などが邪魔し、仏様の声を聞くことができない、仏様の救いに縋ることができない。とてもとても気の毒に思いました。 今月のことばは「出る穴の あるに障子の トンボかな」 私たちは阿弥陀さまのお救いを、お釈迦様のお示しを、法然上人のみ教えをただただ信じ日々お念仏をお称えしましょう。ナムアミダブツ

9月のことば

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  「阿弥陀仏に 染むる心の 色に出でば 秋の梢の 類いならまし (法然上人)」   残暑が残るものの、一気に秋を感じる季節になりました。境内の桜の葉も紅く染まりはじめ、夕暮れ時にもなると多くの虫の音が聞こえ、涼しさも相まって心地良いひと時です。 でも、私たちの心地良さとは裏腹に、当の虫たちは何としてでも自らの種を残そうと、目的を達成できるまで必死にアピールし続けているのでしょうね。 一方、私たちが称えるお念仏はいかがでしょうか。 お墓や仏壇の前だけだったり、気の向いた時にしかお念仏を称えない人もいるかもしれませんね。 では、お念仏はいつ、どのように称えたら良いのでしょう? 法然上人の時代には、お念仏は一度だけ称えれば良いという教えや、いやいや沢山称えなければいけないという教えなど、法然上人の御教えと異なる教えを説く人々が現れました。 法然上人は、たった一遍のお念仏であっても阿弥陀様に西方極楽浄土へ救われると信じ、生涯お念仏を称え続けるのですよ、と示されています。一遍称えれば良いのでも、多く称えなければいけないというものでもありません。   「阿弥陀仏に 染むる心の 色に出でば  秋の梢の 類いならまし」 (あみだぶに そむるこころの いろにいでば  あきのこずえに たぐいまらなし:阿弥陀様への想いが 色に表れるというようなことがあるならば、まるで秋の紅葉で木々の梢が紅く染まっていくようなものであろう)   間もなく秋のお彼岸を迎えます。   自らの力では渡ることの出来ない『かの岸・西方極楽浄土』へと救われるという目的を果たすまで、まるで美しく染まる紅葉のように阿弥陀様へ想いを満ち溢れさせ、日々心を込めてお念仏をお称えしましょう。