投稿

おてらからのおたより  ―平成29年2月のことばー

  「全世界を知るは易く、おのれを知るは難い」 昨年の 11 月のある日曜日、相模湾沿岸の地域に出張しました。東京駅から乗った東海道線の車内は穏やかな陽気に誘われ、様々な人が乗っています。多くの人が携帯電話の画面とにらめっこしていますが、楽しそうに話す親子の姿や、ピアノの発表会に行くのか綺麗な衣装を着て緊張した面持ちの子供とお母さんの姿があったり、休日出勤のサラリーマンの姿や若いカップルの姿も見受けられます。 丁度、このカップルの隣で、小さな鏡を見ながら化粧をする若い女性を見かけました。今では珍しくない光景ですが、一つ気付いたことがありました。それは、この女性は、私をはじめ電車に乗っている人やすれ違う人にはどんな風に見られても関係ないということです。もしかすると、この女性は隣のカップルのように、これから彼と会うのかもしれませんし、彼ではなくとも、これから会う人に出来るだけ自分を可愛らしく美しく見られたいと化粧しているのでしょうが、それ以外の人には、どう見られても全く気にしないのだと驚かされました。 人の事は良く見えますが、でも、私の心の中はどうでしょう。我が身を振り返ってみれば、私の考えと違うから、この人は嫌だなぁと自分本位になってはいないか。人のことを謗ってはいないか、妬んではいないか … 。自分に取って都合の良い人だけに良く見られようと心に化粧をしているだけだと気付かされます。 阿弥陀様や仏様方、先立たれた方々は、こんな私達を見守っていてくださいます。 阿弥陀様や先立たれた大切な方々が悲しまれないような日暮しをおくり、こんな私達であってもお救いくださる唯一の仏様・阿弥陀様の御約束“ナムアミダブツ”のお念仏を大切にお称えしてまいりたいと思います。                         合掌

おてらからのおたより  -平成29年1月のことばー

  「笑顔も 大きな 施し」 ナムアミダブツ 新たな年を迎えることが出来ましたこと、お慶び申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。  昨年を振り返りますと、熊本や鳥取の大地震や台風による災害、目を覆いたくなるような凄惨な事件、芸能界やスポーツ界のスキャンダルなどなど。例年にも増してザワザワと落ち着かない一年でした。 一方、新年の慈恩寺は、水仙の花と香りに彩られ、穏やかな新春を迎えています。それは毎年、年末になると寒い日が続く東北に“わずかでも春のおもむきを”と春に咲く水仙の花を友人が届けてくれるからです。あたたかな友の想いのお蔭で、豊かでおだやかな気持ちにさせてもらえます。  一昨年から、近所にある榴岡小学校の「弟子入り留学」を受け入れています。弟子入り留学とは、小学4年生の児童たちが4~5人のグループになり、地域にある商店や企業・ホテル・神社・寺などに文字通り弟子入りし職場体験をするというものです。慈恩寺にも昨年の9月に可愛らしい弟子たちが来てくれました。 子供たちが寺に来ると、まずはお念仏の意味やおつとめの仕方を教え、さっそく阿弥陀様に向き合いおつとめをします。 おつとめを終えると、ほうきを手に寺の外の歩道を掃除しますが、これはゴミを捨てる人ではなくゴミを拾う大人になって欲しいから。そして、自分のためではなく人のために役立つ喜びを知って欲しいからです。 歩道を行き交う人々に「ご苦労さま」「ありがとう」と声を掛けられると、初めは戸惑っていた子供たちも段々と感謝される喜びを実感じているように見えます。 休憩後には写経を行います。心を鎮め一心不乱に打ち込める写経は、とかく騒がしい現代が反映されているのか、様々な体験の中でも一番良かったとの意見も耳にします。 その後、昼のおつとめをし、持参したお弁当を一緒に食べます。 お母さんに作ってもらったお弁当を眺め、「私達の命は様々な命をいただいているから生かさせて頂いているんだよ。だから心を込めて『いただきます』と言わなきゃいけないね」と話すと、子供たちは神妙な面持ちでいただきますと発声してくれます。 その後、阿弥陀様に感謝とお別れのおつとめをし、終了証を渡し、弟子入り留学が終わります。 今年の弟子入りでのことでした。事故もなく子供たちを見送り一安心していると、...

おてらからのおたより  ―平成28年11月のことばー

  「ありがたいとは 有ること難し」 秋は出張シーズン。お十夜のあるこの季節は、全国さまざまな地で 法 を説かせていただく。先月は長崎県上五島にご縁をいただいた。 朝6時過ぎの電車で仙台空港へ向い、8時発の飛行機で大阪・伊丹 空 港へ。飛行機を乗り換えて、一路長崎空港へ。長崎空港からは 4 0 分 程バスに揺られ長崎港へ。長崎港からは高速船で1時間 40 分。約8 時間の長旅の末、ようやく上五島に着くことが出来ました。 やれやれ と一息つき、初めてお会いする阿弥陀様にお念仏をお称え すると「よ く来たな」と仰っているようにも、「きちんと伝えなさいよ」とハッ パを掛けられているようにも感じます。 しかし、よくよく省みれば、電車も飛行機もない時代に、法然上人の お念仏の御教えを遥かな地までお伝えされた方がおられ、今もその 御教えが脈々と息づいている事は本当に有り難いことです。そし て、全ての人を救い摂ると誓われ、難行苦行の末に仏と成っていた だき、“我が名を呼ぶだけで良い”と、私達が救われる唯一の道をお 作りいただいた阿弥陀様を拝む時、お念仏を申さずにはいられませ ん。 聞けば上五島の地にお念仏をお伝えされたのは、磐城の国の方。宮 城の地にお念仏をお伝えいただいたのは、九州ご出身の金光上人。 何か深いご縁を感じますし、まさに“ありがたいとは有ること難 し”、当たり前などないということを教えられます。 今年は金光上人800回忌の年。金光上人、法然上人、そして阿弥 陀様のご苦労を偲びつつお念仏をお称えしましょう。     合掌

おてらからのおたより  ―平成28年6月のことばー

  「念仏は 渇いたこころに しみる慈雨」 紫陽花の花が咲き、間もなく梅雨を迎えようとしています。 紫陽花は、花の色が変化することから「移り気」、「浮気」などの花言葉で知られます。いつの頃からこの不名誉な花言葉をつけられたのかははっきりしませんが、その原種とされる日本固有のガクアジサイの花言葉は全く異なり「謙虚」という花言葉がつけられています。また、小さな花弁が寄り集まっている姿から、“団結・和気あいあい”と言った家族の結びつきを表す素敵な花言葉も持ち併せています。  3月に亡くなられたSさんは、寺の行事に毎回参加され、一昨年の五重相伝会にも家族と共に入行されました。当初は心配された体調も崩れることなく立派に五日間の修業を満行され、その暁に「誓譽(せいよ)」という譽号(法号)をお授けしました。Sさんの“誓い”は、自らも阿弥陀様に極楽浄土へと救われ、長年連れ添われ、先立たれたご主人と極楽でまた一緒になること。生前のご主人と交わされたその誓いを果たすためにお念仏の日暮しをおくられてきました。 突然倒れ意識のない母のために息子さんは、「頑張れ!頑張れ」と励ますのではなく、耳元でお念仏を称え続けたといいます。「何も心配ないけど、ちゃんと親父のところに行けるように…、お迎えをいただけるように…」そう話される息子さんに念仏者として、あるべき姿と心構えを教えられました。 本当は離れたくない、決して別れたくない…。しかし、この世は紫陽花の花のようにうつろいます。 お念仏は大切な方とまた会うことが出来るたった一つの道です。悲しみに涙が枯れた私達に阿弥陀様が施してくださる慈しみの潤いの雨です。                       合掌

おてらからのおたより  ―平成28年4月のことばー

  「みなこれ予が遺跡となるべし」 榴岡公園の桜も例年より早く咲きました。暦よりも確実に草花たちが長い冬の終わりと春の訪れを教えてくれます。 桜が咲くこの季節、全国津々浦々の浄土宗のお寺で宗祖法然上人のご命日法要「御忌会(ぎょきえ)」が勤められます。 東京の大本山・増上寺では、大僧正に代り導師を勤める唱導師(しょうどうし)と、そのゆかりの僧侶が七条袈裟や袴などの装束を身に付け、行列を組んで練り歩いたのち、ご遺徳をお讃えする法要を行います。数百名の僧侶による練り行列の様子は荘厳で、絢爛豪華な江戸徳川文化が現代に甦ります。立派な装束を身に付けるのは、阿弥陀様をはじめとする仏様方や法然上人に対し最大の敬意を払ってのことですが、当の法然上人は、自らが讃えられることよりも私達の行く末を案じておられました。 亡くなられる数日前、ある弟子から「優れた先徳である弘法大師には高野山があり、伝教大師には比叡山という遺跡があります。しかし、上人には堂宇の一つもございません。上人ご入滅の後、私達はどちらをご遺跡とすればよいのでしょうか」と問われ、「遺跡を一ヵ所に定めてしまうと、お念仏の教えが遍く広まることはない。日本中いたる所が私の遺跡です。なぜならば、私が生涯を掛けて勧めてきたことは、全ての人が阿弥陀様に救われるお念仏の御教えを広めることでしたから、例えそこが粗末な小屋であっても、お念仏の声する所は、みな私の遺跡です」と仰られています。 ご威徳をお讃えし、お墓の前、仏壇の前、台所、ベッドの上、出先などなど、法然上人が望まれたあらゆる場所がご遺跡となるようお念仏をお称えしましょう。                   合掌

おてらからのおたより  ―平成28年3月のことばー

  「何事も 人の心と 身になって」 梅の花が咲き誇り、寒い冬がもう間もなく終わることを告げています。とはいえ、花粉症の人には辛い季節を迎えました。 私が花粉症になったのは今から 27 年前、休暇で石巻に帰省した時でした。丁度、その日は、実家の檀家さんのお通夜があり、父のお供でお通夜へ。大学の授業料の成果を見せてみろと維那(いな・お経の発声役)を仰せつかりましたが、目はかゆいし、鼻はズルズル、ノドがイガイガ・ゴロゴロして、不本意な読経になってしました。悔しさを内に秘めながらお通夜の食事を頂いていると、同席した酒に酔った父の同級生から「何だ、あの酷いお経は!」との言葉を投げかけられました。恐らく見る見る顔色が変わる私を察した父は「うちの倅、花粉症なんだ~」とフォローをいれるも、当時はあまり認知されていなかった頃。「何だそれ?そんなものは病気じゃない、気合で直せ!」との言葉に、「それなら、あなたがなってみろ!」と怒りを表してしまいました。 人の痛みや苦しみ悲しみは、その人だけのもの。たとえ家族や兄弟であっても共有する事は出来ません。しかし、共有する事が出来なくとも共感する事は出来ます。その最たるものが供養の心でしょう。 今月は震災から5年目の月。もう過ぎた事ととらえている人もいるでしょう。けれども、自らが遺族であった時のことを思い出し、亡くなられた方や未だに悲しみに暮れる人々の為に手を合わせお念仏をお称えしましょう。                      合掌

おてらからのおたより  ―平成28年2月のことばー

「全世界を知るは易く、おのれを知るは難い」   昨年の 11 月のある日曜日、相模湾沿岸の地域に出張しました。東京駅から乗った東海道線の車内は穏やかな陽気に誘われ、様々な人が乗っています。多くの人が携帯電話の画面とにらめっこしていますが、楽しそうに話す親子の姿や、ピアノの発表会に行くのか綺麗な衣装を着て緊張した面持ちの子供とお母さんの姿があったり、休日出勤のサラリーマンの姿や若いカップルの姿も見受けられます。 丁度、このカップルの隣で、小さな鏡を見ながら化粧をする若い女性を見かけました。今では珍しくない光景ですが、一つ気付いたことがありました。それは、この女性は、私をはじめ電車に乗っている人やすれ違う人にはどんな風に見られても関係ないということです。もしかすると、この女性は隣のカップルのように、これから彼と会うのかもしれませんし、彼ではなくとも、これから会う人に出来るだけ自分を可愛らしく美しく見られたいと化粧しているのでしょうが、それ以外の人には、どう見られても全く気にしないのだと驚かされました。 人の事は良く見えますが、でも、私の心の中はどうでしょう。我が身を振り返ってみれば、私の考えと違うから、この人は嫌だなぁと自分本位になってはいないか。人のことを謗ってはいないか、妬んではいないか … 。自分に取って都合の良い人だけに良く見られようと心に化粧をしているだけだと気付かされます。 阿弥陀様や仏様方、先立たれた方々は、こんな私達を見守っていてくださいます。 阿弥陀様や先立たれた大切な方々が悲しまれないような日暮しをおくり、こんな私達であってもお救いくださる唯一の仏様・阿弥陀様の御約束“ナムアミダブツ”のお念仏を大切にお称えしてまいりたいと思います。                         合掌